仏教に出会ったのが昭和の終わりですからもう三十年が過ぎました。途中からはこの宇宙の主宰者である、永遠のブツダ=神、の存在を確信するようになりました。そしてその存在を想定することにより人生の意味を理解し納得できました。
また海やカニ、夜空の星、花などに表れている神の「涅槃妙心」に想いを寄せるたびにその慈悲の心を実感します。
この気持ちはずっと変わることなく今でも同じ思いなのですが、数年前からある一つの点で神に対して不信感を持っています。なぜなんだろう?という思いです。
それは世界がこれほどひどくなっているのになぜ神は沈黙しているのかという疑問です。この数百年、自由、平等、理性、文明などを追求してきた挙げ句起きたのが二十世紀の大量殺人、膨大な自然破壊と深刻な環境汚染です。
これらは大乗仏教徒からすると神が最も嫌うことに思えるからです。自然現象は神の知恵です。迷いの霊を救うための神の慈悲の心から現れてくるものです。従って自然破壊や環境汚染はその慈悲の心を冒涜し踏みにじることになります。神が一番嫌がることとしか思えない。
自然破壊や環境汚染は2〜300年前から始まっていますよね。産業革命の頃から特にひどくなり、20世紀の後半には空気、水、土壌などが相当に汚染されました。
それなのになぜ神はそのまま放ってきたのか、大変不思議です。神はずっと人間の行為を見守ってきたでしょうから。
人間滅びるかも?地球も滅びるかも?というところまで行かせて人間を立ち直らせようとしている、という解釈ももうひとつスッキリしません。人間の戦争以上に神にとっては嫌なことのはずだから。この数百年なぜ黙って見ているのか?なぜ放ったらかしのままなのか?(続く